売国政策に加担する司法とマスコミ
注目されていた訴訟の判決が今月24日に相次ぎました。
国民からの批判の声が上がりそうな厄介な事件は年度末まで結論を引き延ばし、その後は、事件の担当者が異動するなどして責任逃れをするというのが、検察・裁判所の悪しき慣例です。
この日にあった注目の3つの判決とマスコミの報道の仕方を比較すると、政治と司法の癒着、そこにマスコミが加わり、売国政策を推進している様子がうかがえます。
3つの事件のうち、マスコミが最も大きく報道したのが、自宅で死産したベトナム人元技能実習生が、死体遺棄罪に問われていた事件の上告審判決です。
最高裁は一審と二審の有罪判決を破棄して、元実習生に逆転無罪を言い渡しました。
厳しい状況に置かれている実習生の立場に配慮した判断で、「最高裁もたまには良い判断をするんだ!」「案外、捨てたもんじゃないかも!」と思わせるような判決です。
その報道の陰で存在感が薄れてしまったのが、広島・愛媛両県の住民が四国電力伊方原発の運転差し止めを求めた仮処分申請の決定で、広島高裁は、差し止めを認めなかった広島地裁決定を支持し、住民側の訴えを退けています。
この地域は南海トラフ地震の被害が想定されています。一旦事故が起これば東京電力福島第一原発の二の舞になりかねません。
これまでの原発の運転を巡る訴訟の成り行きからいっても、広島高裁の決定は既定路線といえ、住民の暮らしや安全よりも、原発の運転を重視する最高裁の意向を汲んだ判断といえます。
この広島高裁判決と比較にならないほど更に控えめに、新聞のわずかなスペースにひっそりと掲載されていたのが、種子法を巡る判決です。
種子法が廃止されたのは憲法違反だとして、全国の農家ら約1500人が国に違憲確認などを求めていた訴訟で、東京地裁は請求を棄却しました。
原告側は憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」などを侵害していると主張。「安全・安心な食料を得る権利」についての司法判断が期待されていましたが、こちらも結論ありきの残念な結果になっています。
https://news.yahoo.co.jp/articles/8df4e5cc3e76224f96f14db23d1f4c7462a8ab0c
レアなケースである元技能実習生の事件、地震発生の確率などを考慮しても必ずしも重大事故につながるかは不確かな原発の運転を巡る訴え、これらも重要な事件ではありますが、種子法を巡る訴訟は、将来的にすべての国民の食と健康に影響を及ぼすことになる極めて重要な訴訟です。
報道の優先順位でいったら、最重要事件として最も大きく報道されなければならなかったはずですが、それが、まったく逆でした。
種子法を巡る報道が、なぜ、これほどまでに粗末に扱わなければならなかったのでしょうか?
種子法は、種苗法の改正とセットで考える必要があり、これらはアベノミクス農政の一環である売国政策の一部であることから、意図的に国民に知られないようにしたというのが本音かもしれません。
種子法は、 コメや小麦、大豆といった主要農作物について地域に合った品種改良や奨励品種の指定を行うことなどを各都道府県に義務付けていました。
ところが、安倍政権は、規制改革の一環で「民間の品種開発意欲を阻害している」などとして、2017年4月、わずかな審議時間で種子法の廃止を強行採決し、2018年4月に廃止しています。
2022年4月1日には改正種苗法が施行されましたが、その狙いは、登録品種については農業者の自家増殖(自家採種)を原則禁止にして、登録品種の種子はすべて種苗会社から購入させる仕組みを整えることにあったのです。
要するに、種苗事業を民営化し、公的機関が安く提供する種子や農家が自家採種した種子を、多国籍企業が開発した特許をもつ種子に置き換えようとする流れの中で、種子法の廃止、種苗法の改正が必要だったということになります。
世界的にみると、多国籍の農業関連企業(アグリビジネス)による種子の支配が広がり、バイエル(モンサント)、シンジェンタなど上位4社が種苗市場の6割超を占有しています。これらは化学企業であり、遺伝子組み換えやゲノム編集による種苗販売とセットで、除草剤などの化学薬品・化学肥料を販売しています。
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik20/2020-11-07/2020110706_01_0.html
http://www.econ.kyoto-u.ac.jp/dp/papers/j-17-001.pdf
日本ではすでに、かなり多くの遺伝子組み換え作物の栽培が認可され、「遺伝子組み換え作物でない」「ゲノム編集」の表示の義務もありません。
多国籍企業に利益をもたらすことだけが優先され、国民の食の安全は脅かされ、健康への影響が蔑ろにされています。
だからこそ、種子法廃止を巡る訴訟については、国民の目に留まらないように、ひっそりと報道しなければならなかったのです。
注目の3つの事件の司法判断を同じ日に集中させることで、国民からの批判を回避するための相乗効果を狙ったといえます。


国民からの批判の声が上がりそうな厄介な事件は年度末まで結論を引き延ばし、その後は、事件の担当者が異動するなどして責任逃れをするというのが、検察・裁判所の悪しき慣例です。
この日にあった注目の3つの判決とマスコミの報道の仕方を比較すると、政治と司法の癒着、そこにマスコミが加わり、売国政策を推進している様子がうかがえます。
3つの事件のうち、マスコミが最も大きく報道したのが、自宅で死産したベトナム人元技能実習生が、死体遺棄罪に問われていた事件の上告審判決です。
最高裁は一審と二審の有罪判決を破棄して、元実習生に逆転無罪を言い渡しました。
厳しい状況に置かれている実習生の立場に配慮した判断で、「最高裁もたまには良い判断をするんだ!」「案外、捨てたもんじゃないかも!」と思わせるような判決です。
その報道の陰で存在感が薄れてしまったのが、広島・愛媛両県の住民が四国電力伊方原発の運転差し止めを求めた仮処分申請の決定で、広島高裁は、差し止めを認めなかった広島地裁決定を支持し、住民側の訴えを退けています。
この地域は南海トラフ地震の被害が想定されています。一旦事故が起これば東京電力福島第一原発の二の舞になりかねません。
これまでの原発の運転を巡る訴訟の成り行きからいっても、広島高裁の決定は既定路線といえ、住民の暮らしや安全よりも、原発の運転を重視する最高裁の意向を汲んだ判断といえます。
この広島高裁判決と比較にならないほど更に控えめに、新聞のわずかなスペースにひっそりと掲載されていたのが、種子法を巡る判決です。
種子法が廃止されたのは憲法違反だとして、全国の農家ら約1500人が国に違憲確認などを求めていた訴訟で、東京地裁は請求を棄却しました。
原告側は憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」などを侵害していると主張。「安全・安心な食料を得る権利」についての司法判断が期待されていましたが、こちらも結論ありきの残念な結果になっています。
https://news.yahoo.co.jp/articles/8df4e5cc3e76224f96f14db23d1f4c7462a8ab0c
レアなケースである元技能実習生の事件、地震発生の確率などを考慮しても必ずしも重大事故につながるかは不確かな原発の運転を巡る訴え、これらも重要な事件ではありますが、種子法を巡る訴訟は、将来的にすべての国民の食と健康に影響を及ぼすことになる極めて重要な訴訟です。
報道の優先順位でいったら、最重要事件として最も大きく報道されなければならなかったはずですが、それが、まったく逆でした。
種子法を巡る報道が、なぜ、これほどまでに粗末に扱わなければならなかったのでしょうか?
種子法は、種苗法の改正とセットで考える必要があり、これらはアベノミクス農政の一環である売国政策の一部であることから、意図的に国民に知られないようにしたというのが本音かもしれません。
種子法は、 コメや小麦、大豆といった主要農作物について地域に合った品種改良や奨励品種の指定を行うことなどを各都道府県に義務付けていました。
ところが、安倍政権は、規制改革の一環で「民間の品種開発意欲を阻害している」などとして、2017年4月、わずかな審議時間で種子法の廃止を強行採決し、2018年4月に廃止しています。
2022年4月1日には改正種苗法が施行されましたが、その狙いは、登録品種については農業者の自家増殖(自家採種)を原則禁止にして、登録品種の種子はすべて種苗会社から購入させる仕組みを整えることにあったのです。
要するに、種苗事業を民営化し、公的機関が安く提供する種子や農家が自家採種した種子を、多国籍企業が開発した特許をもつ種子に置き換えようとする流れの中で、種子法の廃止、種苗法の改正が必要だったということになります。
世界的にみると、多国籍の農業関連企業(アグリビジネス)による種子の支配が広がり、バイエル(モンサント)、シンジェンタなど上位4社が種苗市場の6割超を占有しています。これらは化学企業であり、遺伝子組み換えやゲノム編集による種苗販売とセットで、除草剤などの化学薬品・化学肥料を販売しています。
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik20/2020-11-07/2020110706_01_0.html
http://www.econ.kyoto-u.ac.jp/dp/papers/j-17-001.pdf
日本ではすでに、かなり多くの遺伝子組み換え作物の栽培が認可され、「遺伝子組み換え作物でない」「ゲノム編集」の表示の義務もありません。
多国籍企業に利益をもたらすことだけが優先され、国民の食の安全は脅かされ、健康への影響が蔑ろにされています。
だからこそ、種子法廃止を巡る訴訟については、国民の目に留まらないように、ひっそりと報道しなければならなかったのです。
注目の3つの事件の司法判断を同じ日に集中させることで、国民からの批判を回避するための相乗効果を狙ったといえます。


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