現実社会の中の仮想空間 それが行政関連の法律や制度
行政活動によって国民に生じた財産上の損害を補填する制度や、違法・不当な行政作用の是正に関する行政上の救済制度など、実に様々な行政救済制度が体系的に整備されているようです。
前者には国家賠償法に基づく補償制度や損失補償があり、後者には行政不服審査法や行政事件訴訟法に基づく行政争訟制度があります。
ところが、これらの制度、ほとんど使い物にならないようです。
裁判所と被告代理人である法務局のダブル不正の下に行われた国家賠償訴訟、それらの不正を刑事告訴しても、不正に不起訴にする検察、実際に審査が行われたかどうかは極めて疑わしい検察審査会・・・・、私がかかわったのは、それらの一部に過ぎませんが、どれもこれも、ほとんど機能していません。
まやかしの制度に翻弄される国民!
専門家が時間と労力を費やして作り上げた行政に関する法体系、改正を繰り返しながら現在に至っている行政救済制度、見掛けが立派であればあるほど虚しさがきわだちます。
ゲームの中のことやコンピューターの中だけのことを“バーチャルの世界”とか“仮想空間”などと称し、現実には存在しない世界であったりするのですが、現実社会の中にある仮想空間、それが行政救済に関係する法律の世界ではないかと思うのです。
きれいな街並み(法体系)に立派な建物(法律や制度)がたくさん建ち並んでいる。その中のひとつのお店を利用しようと思って一歩中に足を踏み入れたが、電気もガスも水道も通っておらず使い物にならない。
別のデパートと思える建物には(裁判所のたとえ)、珍しく有料のエスカレーターが動いていたので入ってみたところ、一階には気に入ったものがなく(一審)、二階(控訴)、三階(上告)と上がって行った。用事が済んだので出ようとしたところ、降りる手段がない。実際のお店でも、エスカレーターで上げておいて、降りるときは「階段をどうぞ」なんてお店もありますが、階段すらない。その建物から出ようとすると、何かしら被害を被る。
道端に自動販売機があったので、飲み物を買おうとしてお金を入れた。何も出てこなかったり、空のペットボトルが出てきたぐらいならまだしも、病原菌が入ったペットボトルが出てきたり、汚物の入ったボトルが出てきたりする。当然のことながら、それを開けた人は、大きな損害を被る。(行政による本来の損害に加え、裁判所による訴訟詐欺の被害にあい、二重の損失を被ることと重なる。)

しかし、この街並みに一歩足を踏み入れたことのある人は、どれもこれも見せ掛けの街並みであることに気がつく(法律は矛盾しており、制度は使い物にならないことに気がつく)。
これが行政救済制度に関連する法律の世界なのです。
ところで、英語のバーチャル(virtual)は、「事実上の、実質上の」という意味で、「仮想の」という意味はありません。
IT用語にバーチャルリアリティー(virtual reality)「仮想現実」という言葉があるようですが、これは、「コンピュータグラフィックスや音響効果を組み合わせて、人工的に現実感を作り出す技術や、それによって作り出された実感を伴う空間や環境のこと」をいうそうです。
本物そっくりに作られているられれているという意味では、行政救済制度に関連する法律の世界は、現実社会に存在する「仮想現実」の世界なのです。
そもそも、なぜ、行政救済度が形骸化しているのでしょうか。
それは、憲法が、軽視されているからにほかなりません。
とにかく、憲法違反の常習犯である最高裁が、違憲かどうかの判断をしているわけですから、開いた口がふさがりません。
憲法とは、国家権力の横暴や暴走から国民を守ることを目的としていて、国家権力への命令なのです。
日ごろ偉そうなことを言っている著名人の中にも、憲法の意義をはき違えている人がいるようです。
憲法があっても、ないに等しい日本、憲法違反がまかり通っている日本において、憲法改正なんて議論すること自体が無意味なのです。
そういう意味では、憲法もまた、現実社会の中の仮想空間に存在しているのです。




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