「絶望の裁判所」 あれもこれも 私のケースとまったく同じ!!
私の場合は、それが一審判決書を読み終えた瞬間でした。
日本は国民主権の法治国家であり、裁判所こそは正しい判断をしてくれるはずと信じていたからこそ提訴した国家賠償訴訟でしたが、裁判のデタラメ振りを思う存分思い知らせ、司法に対する信頼を根底から覆したのが、一審判決を誘導した高原章裁判長です。
当初は女性裁判官による単独審でした。
提出した書面の訂正か何かで裁判所に出向いた時のこと、既に提出してあった私の書面を書記官が出してきたのですが、それには、鉛筆書きの○が一文一文についており、裁判官がしっかり書面をチェックしていることが窺えました。
この裁判では、被告の主張がとにかく二転三転していましたので、被告の主張の矛盾を突くことは、けっこう痛快でしたし、第3回口頭弁論で第5準備書面を陳述した以降は、被告からは反論らしい反論はありませんでした。
被告からの反論がないことを確認した裁判官は、被告の訟務検事の方に向かって、「決まりましたね。」というような感じのことを伝えました。
その瞬間、それまで険しい表情をしていた訟務検事は、こちらを見て微笑みました。
一抹の不安をかかえながら始めた本人訴訟でしたが、実際に始まってみれば、予想以上に早い決着に拍子抜けしたほどでした。
被告国の主張にとどめを刺し 最終決戦となった私の第5準備書面!(一審・11)
労働基準監督署職員の隠蔽工作が被告国の支離滅裂な主張を誘発(一審・9)
真相糾明のために、国のほかに2人の公務員も被告に加えていたので、その後の裁判は、その三者の賠償比率を次回まで検討しておくというところで年度末になり、それまでの裁判官は異動になりました。
ほぼ決まりかけた判決だったのですが、新年度からは、3人の裁判官の合議体で行われ、判決までに、さらに1年もかかってしまうのです。
本人訴訟でしたし、仮に請求が棄却されたとしても、それなりに納得のいく判決理由でしたら控訴はしないつもりでいました。
ところが、判決書を見て愕然としました。
一審には1年9か月もかかったにもかかわらず、そのほとんどの期間を費やして審理された内容には一切触れられず、書証などの客観的証拠を完全に無視して、一審の最後の証人尋問での、それまで二転三転する主張を繰り返し、捏造した証拠まで提出した労働基準監督署職員の虚偽の証言を証拠として採用して、私の請求を退けたのです。
1年9か月も費やした審理が全くの無駄になり、しかも、証拠として最もふさわしくない証拠が採用されていることに、まったく驚きましたし、著しい憤りを感じました。
結果に納得できないだけではなく、そこに至る経緯においても不信感をもちました。
● この裁判長、事前に提出していた準備書面を、読んでいないかも?
● なぜ、二転三転する主張を繰り返していた行政職員の証言が証拠採用されるの?
証拠採用の妥当性 ~一審の福島地方裁判所いわき支部判決~
● 私の慰謝料請求には欠くことのできない信義則の主張が、なぜ判決書に盛り込まれないの?
事件の経緯と裁判の最大の疑問点 ~記載されなかった信義則の主張~
● 裁判資料を熟読している担当裁判官と、ろくに読んでいないと思われる裁判長、それぞれの意見の相違がハッキリ見て取れたが、裁判長の意見が押し通された判決だった。
● 証人尋問の際に、私に質問させないように裁判を誘導した裁判長。
仕組まれた? 証人尋問
・・・・


でも、これが現実の裁判の正体だったようです。
前回ご紹介した瀬木比呂志氏の 「絶望の裁判所 (講談社現代新書) 」 を読み進めていくうちに、“あれも、これも私のケースとまったく同じ!!”やはり、こういうことは、常態的に行われていることなのだと、すんなりと納得してしまいました。
そのほかにも、司法制度改革が、本来の目的とは別に裁判官らの利権のために利用されていること、以前お伝えした当ブログの記事がいかがわしいサイトに貼り付けられたブログコピペ事件と最高裁の関係・・・、「やっぱり!!」と確信することばかりでした。
個々の事柄については、追々お伝えしたいと思います。



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