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Archive | 2008年05月

どうして裁判所は、一方の観点から検証しただけで安易に結論づけてしまうの?

05/29
私の国家賠償訴訟においては、 『裁判の概要と裁判官を刑事告訴するに至った経緯』で、お話しているとおり、判決は一審、二審ともに同じであるにもかかわらず、判決理由は、一審、二審で全く別の観点から結論づけられました。

それでも、仮に、二審で新たな証拠が提出されたとか、全く新しい主張がされたというのであれば、一審、二審で判決理由が異なってしまうようなケースが生じる可能性は十分に考えられます。
ところが、私が二審で提出した書面は、一審での主張を補足したにすぎない控訴理由書のみ、被控訴人である国の答弁書も 「控訴人の主張は、結局のところ、原審での主張の繰り返しにすぎないが、原判決における証拠採用に違法がないこと及び事実認定が相当であることは明らかであり、原判決に何ら違法はない。」と、ほんの数行の反論のみ、もちろん双方から新たな証拠の提出などはありませんでした。
それにもかかわらず、
どうして一審と二審の判決理由が、大きく異なってしまったのでしょうか?

その最大の原因は、裁判所が、事件を、一方の観点からしか捉えておらず、他方の観点からは、全く検証していないことにあると思います。

ここで、私の裁判のケースを、あるわかり易い例にたとえて説明してみたいと思います。

たとえば、南側の斜面は富士山のようななだらかな円錐型、北側の斜面は断崖絶壁の険しい山があったとします。

国側は、山を南の方角から眺め、
「この山は、山全体が、円錐型のなだらかな山ですよ。」
と主張します。


一方、私は、北の方角から山を眺め、
「この山の北側は、断崖絶壁の険しい山なので、全体が円錐型のなだらかな山ではありません。」
と、証拠である上空から撮影された写真を見せて主張します。


ところが、一審の地方裁判所は、国側が主張するように、南側からのみ山を眺めて、証拠の写真も検証せずに、
「国が主張しているように、この山は、全体がなだらかな円錐型です。」
と結論づけます。


そこで、私は控訴し、
「もう一度、よく証拠を確かめてください。」
と言います。


二審の高等裁判所は、一審において地方裁判所が眺めた位置より、30度ほど東寄りの位置から山を眺め、
「東側の山の稜線が、多少デコボコしていますが、背丈の高い樹木のせいですよ。上空から撮影された写真も、北側がゴツゴツしているように見えますが、これは、多種類の樹木が混在して自生しているせいです。ですから、この山は、全体がなだらかな円錐型なのです。」
と、無理な理由付けをし、決して北側から山を眺めようとはせず、再び誤った結論を下します。


もし、裁判所が、北側からも山を眺め、しっかりと検証をしていれば、このような過ちを犯すことはないはずです。


そもそも、私の国家賠償訴訟は、 『裁判の概要と裁判官を刑事告訴するに至った経緯』でお話しているように、“結論(判決)が先行しての判決理由であった”、つまり、国が勝訴するように、裁判所が意図的に採用する証拠をコントロールした(上記の例では、意図的に北側から山を眺めようとしなかった)のではないかと受け取れますが、このようなことが、いとも平然と行われ得る裁判所の体質にこそ問題があると思います。

私の国家賠償訴訟では、“ひとつの角度(観点)から検証して問題がなかったから、別の角度(観点)からは検討してみる必要はない。”というような手法のもとに判決が導き出されています。

仮に、このようなことが医学や自然科学の分野で行われたとしたら、それは、重大事故を引き起こしかねません。
医師の医療行為の際の判断ミスは、患者の生命を脅かします。機械や建造物の材質や設計の誤りは、大事故を引き起こしかねません。試薬の量や種類の調合ミスなどは、時として想定外の反応が起こり、思わぬ危険な化合物の生成や爆発の危険を伴います。ほかにも挙げたらキリがありません。
ですから、このような仕事に携わる人たちは、あらゆる角度から十分な検証を重ね、細心の注意を払って結論を導き出すことは当然のことなのです。


ところが、裁判はといいますと、刑事裁判の死刑判決ぐらいは、直接被告人の生命に影響を及ぼすことはあっても、とりわけ民事裁判の損害賠償請求などは、被害を受けた当事者にとっては、その後に生活にかかわる重大なことであるにしても、損害がどの程度補償されるのかどうかの違いぐらいで、直接被害者の生命を脅かすようなことはありません。

つまり、裁判が、生命を脅かすなどの危機的状況からかけ離れた問題解決のひとつの手段であるにすぎず、誤った判断をしたところで、それほど重大事件として世間から非難されることもなく、問題視されることもほとんどありません。ですから、そのようなことが、裁判所の事件に対する真摯さの欠如、検証の甘さを誘発し、裁判官の主観が入り込む余地を増幅させ、私の裁判のように、手持ちの証拠も判決(結論)も全く同じであるにもかかわらず、判決理由だけは、どうにでも変えられてしまうというようなことが起こり得るのではないでしょうか。

 MY OPINION
とりわけ民事裁判においては、裁判が、直接当事者の生命を脅かすなどの危機的状況とは無関係の単に問題解決のひとつの手段であるにすぎず、そのようなことが、裁判所の事件に対する真摯さの欠如、検証の甘さを誘発し、裁判官の主観が入り込む余地を増幅させているのではないでしょうか。

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仕組まれた? 証人尋問

05/23
証拠採用の妥当性と並んで、一審の福島地裁いわき支部での裁判で、どうしても納得できないことのひとつに証人尋問があります。

一審では、5回の口頭弁論と3回の弁論準備手続きの後、証人尋問が行われました。
(弁論準備手続きは、合議体の3人の裁判官のうち、裁判長と担当裁判官が行いました。)


《裁判での形勢》
素人の私が言うのも変かも知れませんが・・・・
労働基準監督署への電話相談から、それを受けての労働基準監督署の対応、その対応を巡っての福島労働局等への不服の申し立てと、一連の事実関係をしっかりと把握している私本人であるからこそ自信を持って言えることですが、国の主張は二転三転し、極めて矛盾が多かったので、私自身、満足のいく主張ができたときには内心痛快でもあり、相手を完全に論破しているという思いでおりました。
担当の裁判官もそのような事実関係を正確に捉えていようで、裁判も終盤に差し掛かった弁論準備手続きの際には、担当裁判官が、私に釈明をさせ、裁判長に「おわかりいただけましたでしょうか。」と同意を求めたり、また、上申書を出させていただきたいという国の代理人に対し「あとは、原告適格の問題だけですね。」と言うほどであり、私自身、“私の方が優勢かな”という感触を得ていました。


《証人尋問前の確認》
証人尋問直前の弁論準備手続きの際、裁判長の話によれば、証人尋問は、午後の1時過ぎに始まり、夕方までかかるということした。
そして、当日のことについて、私が「国に対する質問を考えておかなくてもいいのですか。」と尋ねたところ、裁判長は、「こちらでしますから、いいです。」ということでした。
素人であるので、裁判官がしてくれるのかなあと思い、大船に乗ったような気分で、私は陳述書を提出し、国側からも陳述書が提出され、私は特別な準備を全くすることもなく、証人尋問当日を迎えました。


《証人尋問》
国側は、二人の証人が嘘をもっともらしいストーリーに作り上げ、よく暗記したせりふをとうとうと述べているという感じでした。
私は、国の証人尋問の後に、裁判長から「何か質問がありますか。」と尋ねられましたが、事前に全く準備していなかった私は、とっさに事件の核心についての質問をすることができず、国の証言をメモしていた中から、いくつか質問するのが精一杯した。
ただ、国の証言には、反論したいことがたくさんありましたので反論しようとしたところ、「ここは質問する場で、反論する場ではありません。」と裁判長から制止され、私は言いたいことも言えず、聞きたかったことも聞けませんでした。
また、弁論準備手続きの際の当初の裁判長の説明と異なり、裁判官からの被告証人に対する尋問もほとんどされることなく、証拠調べは、わずか30分ほどで終了し、そのまま結審となってしまいました。

 


それでも私は、それまでの口頭弁論などで、国の主張には矛盾が多いこと、また、国の書証が捏造されたものであることなどを客観的な根拠に基づいて十分に立証を尽くしてきたつもりでいましたので、裁判官もこれ以上国の証人に尋問しても、嘘を言い通すだけなので質問しなかったのかなあと勝手な想像をし、楽観的な思いでいました。

夫と私の損害賠償を求めていたわけですが、夫の請求に関しては原告適格の問題がありましたので、判断は微妙かなとは思っておりましたが、少なくとも私の損害賠償については、ある程度認められるものと私自身、確信していました。

ところが、それからおよそ2ヵ月後、私の予想に全く反して、二点三転する嘘の主張を繰り返してきた国の証人の証言が証拠として採用され、首尾一貫した私の主張・提出した書証は全く無視され、私は敗訴してしまいました。


76 一審判決後に、証拠採用の妥当性や証人尋問の際の経緯等、一審の裁判について 総合的に考察してみると、仕組まれた証人尋問だったという思いはあります。


31 納得できなかった証人尋問
① 裁判長の当初の説明と異なり、裁判官から国の証人への尋問は、 ほとんど行われませんでした。
② 私は、裁判長の指示に従い、国に対する質問を全く準備せずに 証人尋問に臨んだため、とっさに質問を求められても、事件の核心についいて触れることもできず、肝心な部分の究明ができません でした。
③ 約30分の証人尋問のほとんどの時間は、国の代理人が、国の証人(国家賠償訴訟の場合、証人とは名ばかりで、実質的には本人)に質問し、証人が“作り上げられたストーリー”を陳述している だけでした。


 形式的に証人尋問を行ったというだけで、全く無意味な証人尋問でした。

証拠採用の妥当性  ~一審の福島地方裁判所いわき支部判決~ 

05/16
いきなり問題です。
このブログをご覧のあなたも考えてみてください。
(考えるまでもなく、即座に答えが出ると思いますが・・・・・)


《問題》
あなたが裁判員に選ばれたとします。
あなたは、次のXさんYさん、どちらの証言を信用しますか?


相手の反論などにより、主張がコロコロ変わり、矛盾の多い主張をしているXさん
メモや記録に基づいて、終始一貫した主張をしているYさん


良識のあるみなさんでしたら、当然,Yさんの証言を信用しますよね。
小学生や幼稚園の子どもでも、Yさんの言うことを信じるでしょう。
ところが、(刑事裁判ではありませんが)、Yさんにあたる私の主張は全く無視し、Xさんにあたる国の証人の証言を証拠として採用したのが、私の国家賠償訴訟の一審の福島地方裁判所いわき支部判決だったのです。

控訴理由書で、一審の証拠採用の誤りを、客観的根拠を示して主張したところ(下記の『控訴理由書の抜粋』参照)、さすがに、二審では、この証拠は全く採用されませんでしたが・・・・・

一審判決の証拠採用に関する、控訴理由書での私の反論は、次のとおりです。

(控訴理由書より)
『2 事実誤認による証拠の採用
  (省略)
尚、控訴人は、原審において、控訴人書証および被控訴人書証等に基づいて、首尾一貫した矛盾のない主張を展開してきた。一方、被控訴人に関しては、特に富岡署の職員Aが直接係った部分については、①主張が二転三転していること、②論理的に矛盾している部分が多数存在すること(原審、原告準備書面(第4回)求釈明、(第5回)、(第15回))、③Aは控訴人らに対しても虚偽の説明をし、また被控訴人の原審書証等からも被控訴人内部においても虚偽の報告をしていたものと思われること(原審、原告準備書面(第5回))などを明らかにしてきた。また、被控訴人書証においても、特にAが作成した原審乙A第6号証については、①控訴人の記憶と全く異なること、②控訴人と夫が作成していた記録(原審、甲第5号証)と異なること、③同時期富岡署で使用されていた用紙(乙A第7号証)と書式が異なるものが使用されていることなどから捏造されたものであると推定されること(原審、原告準備書面(第4回)求釈明)、及び、その他の書証に関しても、控訴人が確かに伝えた内容(示談に関すること等)が記載されていないなど不審な点が存在することは、すでに原審において明らかにしてきた(原審、原告第5準備書面(第5回))。
しかしながら、原判決は、客観的な書証等に基づく控訴人の主張よりも、前述の乙A第15号証(証人A)、乙A第16号証(証人C)などの記憶に基づく極めて曖昧な証言を重視していることは、証拠に基づかない事実認定といわざるを得ない。



国の二転三転し、矛盾している主張の例と、一審判決の証拠採用に関する記述の抜粋を以下にに示します。

 一審判決の証拠採用が、いかに不自然なものであったか、おわかりいただけると思います。

一審で、国の答弁書、第1準備書面、第2準備書面に対する反論として、私は、22ページに及ぶ第5準備書面で主張しているように、国の二転三転している主張、矛盾している主張の例を挙げたらキリがありません。
そこで、ここでは、一審判決の「原告が主張する事実関係等」に記載されている主要なふたつのことがらについて、例を挙げたいと思います。

左下の、「READ MORE]をクリックしてください。



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最高裁判所は 本当に裁判資料を読んでいるの? ~裁判の不思議~

05/09
二審判決では、私の主張の趣旨をねじ曲げたものを判決理由として書かれていたため、上告受理申立理由書で、その部分の訂正を求めたわけですが、なぜ訂正されることなく、上告不受理になってしまったのかっていうことが、最初の疑問です。

最高裁は、法律審であるから、憲法違反や判例違反など、それなりの理由がなければ、上告を認めないことはわかりますが、現在、私の刑事告訴を受けて検察庁が取り調べていることからも、最高裁も、二審判決にはかなりの違法性があることを認識できたはずであるのに、なぜ上告不受理になり、その判決が確定してしまったのかということです。

その理由として、次の3つのケースが考えられと思います。

ひとつ目は、
かなり飛躍した考えかもしれませんが、私が上告受理申立理由書で判決理由の矛盾を突くなど、かなり批判的に書いたものだから、もしかしたら、そのような部分を削除したりとか加工して最高裁に送られたのではないかという疑い。

ふたつ目は、
最高裁が、裁判資料をよく読んでいないために、書かれている内容が伝わらなかったということ。

三つ目は、
最高裁が、裁判資料を見て二審判決の違法性に気がついていながら、最高裁もまた行政に有利な偏った判断をしてしまい、上告不受理で処理してしまった可能性。


私は、刑事告訴をするにあたり、その前に正確な事実関係を把握しておく必要があると思い、上記の一つ目の疑いを調べるため、今年1月初め、最高裁から戻った裁判資料を確認しに、福島地裁いわき支部に行ってまいりました。
もちろんですが、裁判資料の改ざんとか、そういうことは全くありませんでした。
資料を調べていくうちに、高裁が、国側に和解を打診するアンケートを送っていたことなど、私の全く知らない資料の存在を知り、ちょっと驚きましたが・・・・・

ところが、それよりもっと驚いたことは、私が提出した上告受理申立理由書が、提出したときの状態のまま、つまり、用紙をほとんどめくった様子がないままファイルに綴じられていたことでした。
たとえば、届いたばかりの誰も読んでいない新聞などは、紙が平坦で細かい起伏などもなくピーンとしていて、重ねた時に空気が入り込む余地もないくらい密着していますが、一度でも読んだものは、紙に細かい起伏ができてがさ張り、すぐにわかりますよね。
地裁や高裁宛に提出した控訴理由書などには、紙の状態から、確かに書面が読まれたという痕跡が確認できましたが、最高裁宛に提出した書面からは、そのような痕跡が全くといってよいほど感じられませんでした。
最高裁に提出する書面は、相手方(被上告人)が一人でも同じものを8通提出しなければならないので、その中の誰も読んでいないものがファイルされている可能性もありますが・・・・・

もうちょっと客観的な観点から考察しますと、
最高裁に上告されてくる民事事件は年間約三千件、刑事事件は約二千件、前年から繰り越される事件も民事刑事合わせて約二千件、これらを15人の判事と三十数人の調査官の補佐で処理するらしいのです(読売新聞社会部著 『ドキュメント裁判官』参照)。
最高裁の裁判官だからといって“スーパーマン”ぶりを発揮できるとは、到底、考えられません。
常識的に考えれば、これだけの件数の資料を、この人数で精査すること自体、物理的に不可能に近いと思いますが・・・・・

裁判を受ける側としては、最後の望みをかけて最高裁に臨んでいるわけですから、納得のできるシステムに改善していただきたいと思っています。

ということで、ふたつ目の可能性が極めて大きいとは思いますが、これと相反する上記の三つ目の可能性も捨て切れません。

といいますのも、「二審判決には、私の主張と違うことが書かれているので絶対に訂正していただきたい。」と最高裁に抗議の電話をした際のことですが、こちらは事件番号を言っただけで詳しい内容を話したわけではないのに、向こうが「そのことについては、・・・・です。」といった具合で、数多くある事件の中、なぜ知っているのかなという疑問を持ちました。
このような抗議はよくあるケースで、対応に慣れているということも考えられますが・・・・・



 でも、やっぱり最高裁は、すべての事件の資料をよく読んでいない(精査していない)。
読みたくても(精査たくても)物理的に不可能だと思います。



裁判の不思議   ~はじめに~

05/09
このコーナーでは、法律・裁判に関して全く素人の私が、国家賠償訴訟を体験して感じた素朴な疑問・感想について、思いつくままにお話していきたいと思います。

※ 第1回目のテーマは、『最高裁判所は、本当に裁判資料を読んでいるの?』です。

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プロフィール

ろーずまりー

Author:ろーずまりー
趣味にスポーツにと、平凡な主婦の生活を送っていましたが、夫の長時間労働を労働基準監督署に相談したことをきっかけに、その生活は一転。行政の理不尽な対応に、自ら国家賠償訴訟をすることに。
理系の出身ですが、知的好奇心に駆られた私は、法律関係の勉強に、けっこうはまってしまいました。
中立性に欠ける国家賠償訴訟の実情を、より多くのみなさんに知っていただきたいと思い、ブログを開設いたしました。

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